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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)678号 判決

上告人

英和石油株式会社

代理人

山本敏雄

被上告人

長田早子

外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由および上告代理人山本敏雄の上告理由について。

所論の各点についての原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の事実の認定・判断は、挙示の証拠に照らして、肯認することができないものではない。そして、上告人は、本件貨物自動車を日常の業務に使用していたところ、退職直後の被用者杉浦広一の求めに応じ、同人にその身廻品を名古屋市の実家に運搬して上告人の寮を明け渡させる目的をもつて、無償で、かつ、二日後に返還を受ける約束のもとに、運行に関する指示をし、所要の量の約半分のガソリンを与え、上告人の負担で整備を完了したうえ、本件自動車を杉浦に貸与したものであり、同人は、右目的に本件自動車を使用したのち、上告人にこれを返還するため名古屋市より大阪市方面へ運行中本件事故を惹起したものであるなど、原判示の事実関係のもとにおいては、本件事故当時、上告人は、本件自動車に対する運行支配および運行利益を失わないものであつて、自動車損害賠償保障法三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者としての責任を免れないとした原判決の判断は、正当であり、また、上告人が被上告人らに対し原判示の損害額を賠償すべきものとした判断も、是認することができる。原判決の事実の認定および右各判断に所論の違法はなく、したがつて、上告人を自己のために本件自動車を運行の用に供する者とした右判断に違法があることを前提として原判決の違憲をいう論旨も、その前提を欠くものというべきである。論旨はすべて採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(下村三郎 田中二郎 松本正雄 飯村義美 関根小郷)

上告人の上告理由〈省略〉

上告代理人の上告理由

第壱点 原判決は法令の適用を誤つた違法がある。

(1) 本件の事故を起した自動車運転手杉浦広一の過失に依て被上告人等に加へたる損害について上告人に自動車損害賠償保障法第参条(以下自賠法と略称)に定める運行供用者としての責任ありと認定されたのは其適用を誤つたものである、事故を起した自動車の使用関係は左記の通りである。

(イ) 車体の所有者は訴外英和石油株式会社のものである。

(ロ) 上告人は右会社より自動車を無償にて借受け使用していた。

(ハ) 杉浦広一は上告人会社の被傭人として仕事に従事していた。

(ニ) 杉浦は昭和四拾年九月参拾日を以て上告会社を退社した。

(ホ) ホ郷里の名古屋市に自己所有の身の廻り品を同年拾月壱日持帰るに当つて本件事故車を無償にて借受けた。

(ヘ) 昭和四拾年拾月弐日右事故車を上告会社に返還すべく運転中本件の事故を起した。

(2)(イ) 自賠法第弐条の(3)には保有者とは、自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有するもので自己の為に自動車を運行の用に供するものと定め又第参条には自己の為に自動車を運行の用に供する者はその運行によつて他人に加へた損害を賠償する責任のあることを定めたものである。

(ロ) 原判決は前記(1)の如き事案について右(イ)記載の自賠法による運行供用者としての責任を認定されたのであるが其誤りである点について以下陳述する。

(3)(イ) 本件事故当時の自動車の運行者は杉浦であることは勿論なるも上告人が自賠法による運行供与者であるか否やの点を見ると上告人は此運行自体に依て利益が自己に帰属したか否か及杉浦の運行に対し上告人が支配権を及ぼし得るのか否かに依て決せられるものである。

上告人は元従業員なりし杉浦の使用の為自動車を無償貸与したのであるが自動車の消耗等による損失こそあれ何等の利益を受けていないことは明かな事実である。

只元従業員である者の依頼によつて拒絶せずして貸与するのが通常であり得ることであるが此事が上告人の為の自動車運行でもなく又自己の利益の為の運行供与者であるとは速断出来ないものである即ち本件自動車の貸与は好意的のものであり経済的利益は勿論運行利益は総て杉浦に帰属するものであり上告人との雇傭解除後は杉浦は他の方面に就職するなり自由の身であり既に其実行に入つていたと思はれる。

又事故車は杉浦が上告会社に勤務中自分が運行に使用していたものでもない。

(ロ) 自動車を貸与する場合盗用等の場合を除き貸主借主間には何等かの人情的の関係のあるのが普通であり好意的に貸与した者が運行につき利益あり運行供与責任あると認定されるとせば法律を無視する法律解釈の著しき拡張であつて許さるべきものではない。

(A) ドライブクラブが使用料を受取つて自動車を貸与し借受人の事故について自動車貸主の責任を否定されたのも

(B) 自動車の所有権留保による売買について自動車占有者の代金未払中買主の起した事故についても売主の保有者としての運行責任を否認されたのも

右は何れも自動車の支配は借主にあり借主が専ら運行を自由にするのであるとの点である。

此(A)(B)の場合は自動車を貸与又は引渡使用せしめることについて経済的の利益は何れも貸主側にあつて自動車の運行につき利益を得ているものである。

(ハ) 本件杉浦の事故については何等経済的の利益を上告人は受けているものではない。

運行自体に依て貸主たる上告人に何等の利益のない事は明白な事実である。

(4) 自己の為に自動車を運行の用に供する者についての判例として

(イ) 自己の為に自動車を運行の用に供する者とは抽象的一般的に当該自動車を自己の為運行の用に供している地位にあると云ふのみでなく事故発生の原因となつた運行が自己の為になされている者を云ふのである。

(ロ) 自己の為自動車を運行の用に供する者とは通常自動車の所有者使用者とか自動車の使用について支配権を有し且使用によつて利益を受ける者を指している。

(ハ) 自己の為にとは自動車の運行自体を自己に帰属させることを云ふのであつて具体的に運行自体の利益を帰属させる者だけでなく一般的抽象的に或は外形上運行自体の利益を自己に帰属させる者も含む。

(5) 自動車を他人に貸与した場合借主の事故が貸主の責任に関係あるか否かの判例として

(イ) 自動車を他人に貸与し他人が其引渡を受けて之を運行の用に供する場合には特段の事情のない限りその運行は専ら借受人の意思によつて決定されるのであつて貸渡人はその運行自体について直接支配力を及ぼし得ない関係あるものであり運行に関する注意義務を要求される立場にはないものとみなければならない。

そうしてこのような貸渡人が借受人の自動車運転によつて生じた事故につき責任を負ふためには貸渡人が構造に欠陥があるか又は機能に障害のある自動車を貸与したとか運転免許のない者に貸与したとか貸渡人に要求される注意義務を欠く等何等かの帰責事由のあることを必要とし若しこれがないときは貸主に責任を追及できない以上の関係は自動車の貸渡しが短期長期には結論を異にしない。(御庁判例)

(ロ) 自動車購入の際銀行ローンを利用するために銀行口座を使用させたことにより自動車の所有名義を貸与するに至つた場合は名義貸与者は供用責任を負はない。

(ハ) 所有権留保の下に自動車を月賦販売する場合買受人は自動車の引渡を受け使用中事故を起した場合自動車の所有名義人なる売主に運行者としての責任を否認されたもの。

(6) 以上の通り原判決は自賠法第参条の適用に当つて多数の判例にも反する解釈のもとに杉浦の自動車の運行に際しての事故について上告人に責任ある旨の認定をされたるは著しき誤認であつて其破毀を求めると共に更に此点について審理を求めるものである。

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